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仙台地方裁判所 昭和47年(ワ)170号 判決 1974年9月30日

原告 大久保正洋

右訴訟代理人弁護士 広野光俊

被告 仙台電器設備販売株式会社

右代表者代表取締役 勝又清一

被告 勝又清一

右両名訴訟代理人弁護士 高橋勝夫

右訴訟復代理人弁護士 花渕信次

主文

一、被告らは各自原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  主文一、二項と同旨の判決。

2  主文一項につき仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一、請求原因

1  被告仙台電器設備販売株式会社(以下被告会社という)は被告会社専務取締役訴外白鳥富令を通じて原告に対し左記約束手形一通を振出し交付した。

額面   金一〇〇万円

満期   昭和四六年一二月二四日

支払地  仙台市

支払場所 株式会社七十七銀行宮城野支店

振出地  仙台市

振出日  昭和四六年一一月二六日

2  訴外白鳥富令は、被告会社の代表取締役である被告勝又清一の娘婿として専務取締役の地位にあり、同社の社印を預かり一切の経営を任せられていたのであるから訴外白鳥富令は手形を振出す権限を有していたものである。

3  仮りに訴外白鳥富令において手形振出の権限がなかったにしても被告会社の専務取締役である訴外白鳥富令が本件約束手形を振出したのであるから、被告会社は商法二六二条によって本件約束手形金を支払う義務がある。

4  原告は昭和四六年一二月二四日本件手形を支払場所である株式会社七十七銀行宮城野支店において支払のため呈示したが支払を拒絶された。

5  ところで被告会社専務取締役訴外白鳥富令は、無理な設備投資などのため手形を濫発し、あらかじめ被告会社が本件手形を支払期日に支払う事ができないのを知りながら、原告から金一〇〇万円を借り受けて引換えに本件約束手形を振り出し原告に金一〇〇万円の損害を与えたものである。

6  被告勝又清一は被告会社の代表取締役であるから、被告会社の業務を監督すべき義務を負うにも拘らず、娘婿である被告会社専務取締役訴外白鳥富令に被告会社の経営を一任し、悪意または重大な過失により右白鳥に対する業務執行の監督を怠ったのであるから右白鳥の支払い見込みのない本件約束手形の振出によって原告の被った損害金一〇〇万円について被告勝又清一は商法二六六条の三により会社と連帯して賠償する責任がある。

7  仮りに被告勝又清一が商法二六六条の三による責任を負わないとしても、被告勝又清一は、被告会社の代表取締役として、被告会社に代わって業務を監督する義務があるにも拘らず、被告会社の経営を右白鳥に委ね、業務監督義務を怠ったものであるから、専務取締役白鳥富令の支払見込みのない本件約束手形の振出による原告の損害を民法七一五条二項によって賠償する責任を負う。

8  よって原告は被告仙台電器設備販売株式会社並びに被告勝又清一に対し各自金一〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  第1、2項は否認する。

被告会社では訴外白鳥に対し、約束手形振出の権限を与えておらず、本件約束手形は右白鳥によって偽造されたものである。

2  第3項について

(1) 本項請求原因の予備的追加は、訴提起から二年後にしてはじめて主張されたもので、時期に後れてなされた攻撃方法であり、かつ右主張を被告らの答弁を得た段階でなしえたにも拘らずなさなかったのは、明らかに重大な過失によるものであって、証拠調の終了した段階で右主張をなすのは、明らかに訴訟の完結を遅延せしめる意図でなされたものと認むべきであり、右主張は却下さるべきである。

(2) 仮りにしからざれば第3項は否認する。

3  第4項は認める。

4  第5項は否認する。

(1) 本件約束手形は、訴外白鳥が訴外東北冷乳に振出した手形の書替として振出したものであり、原告から右白鳥に対して現金の交付はなされていない。従って原告に損害は生じていない。

(2) 仮りに訴外白鳥が原告から現金の交付を受けたとしても、右白鳥が個人として原告から借受けたものであって、被告会社に対する貸付ではない。

5  第6項は否認する。

(1) 被告勝又清一は、被告会社の経営を訴外白鳥富令に一任し、単に看板代表取締役として業務執行には関与していなかったのであるから、被告勝又には悪意または重大な過失による行為はありえず、本件約束手形の振出にも直接関与していないし、また訴外白鳥の行為も知らなかったのであるから、被告勝又は商法二六六条の三による責任を負わない。

(2) また、原告が被告会社に対する貸金の債権担保のため本件約束手形を受取ったものであるとしても、原告は自らの計算と危険負担において被告会社に貸付し、債権確保のため約束手形まで受け取っている以上、商法二六六条の三に言う第三者には該当しない。

6  第7項について

(1) 本項請求原因の予備的追加は第3項同様、時期に遅れてなされた攻撃方法であり、明らかに訴訟の完結を遅延せしめる意図でなされたものとして却下さるべきである。

(2) 仮りにしからざれば第7項は否認する。

(3) 被告勝又は訴外白鳥に依頼されて被告会社の代表取締役となったのであり、被告会社の経営は訴外白鳥が自己の責任においてなしていたもので、被告勝又が被告会社の経営について訴外白鳥を指揮監督できる立場にはなかった。

(4) また訴外白鳥は本件約束手形を原告に対する右白鳥個人の借金の延期のために振出したものであるから被告会社の事業の執行のために本件約束手形を振出したのではない。

三、抗弁

1  本件約束手形は、振出にあたって原告から訴外白鳥に対する現金の授受もなく、原告において振出人に請求しないことを約束して交付を受けた融通手形である。

2  原告は、訴外白鳥が被告会社の代表取締役でない事を知っていたのであるから善意の第三者とはいえず、訴外白鳥の本件約束手形の振出により被告会社がその支払責任を負うことはない。

3  仮りに被告勝又清一に損害賠償責任があるとしても、原告の供述によれば、原告が本件手形の所持人になる頃被告会社は経営状態が悪化し事実上倒産に追い込まれていたというのであるから、原告が被告会社の代表取締役である被告勝又に面接して調査したり、訴外白鳥の言動に注意すれば容易に判明したことであるのにこれを怠り、代表者である被告勝又に会って調査することもなく、訴外白鳥の言動を盲信した重大な過失があるので過失相殺さるべきでありその過失割合は被告勝又一に対し原告九とみるべきである。

四、抗弁に対する認否

第1、2、3項はすべて否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一、被告会社に対する手形金支払請求について

1  ≪証拠省略≫によれば、当時被告会社の専務取締役をしていた訴外白鳥富令が被告会社代表取締役勝又清一名義の原告主張の本件約束手形一通を原告に対して振出し、原告が現在右手形の所持人であることが認められ、原告が右手形を満期に支払場所に呈示したことについては当事者間に争いがない。

2  そこで右訴外白鳥が被告会社名義の約束手形を振出す権限を有していたか否かにつき判断するに、≪証拠省略≫を総合すれば、本件約束手形振出当時、被告会社の代表取締役は被告勝又清一であり、訴外白鳥富令は右勝又の三女慶子の夫で、被告会社の専務取締役の地位にあったものであるが、右勝又は株式会社沢木プロセスの代表取締役を兼ね、同社の業務執行にあたり、被告会社の経営は右訴外白鳥に一任し、取引銀行からの資金借入に立会い、仕入先との商品購入契約締結の際に右勝又が自己の資産を提供して被告会社の保証をしたことなどがある他は、被告会社の業務執行に関与せず、同社の印鑑も一切右訴外白鳥の保管に委ねていたこと従って、右訴外白鳥には被告会社の手形を代表取締役に代行して振出す権限が委譲されていたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

3  次に被告は本件約束手形が融通手形であって原告が振出人に請求しない約束があった旨主張するが、≪証拠省略≫も右被告主張事実を認めさせるに十分ではなく、他にこれを認むべき証拠も存しない。

よって右被告の主張は採用し難い。

二、被告勝又清一に対する請求について

1  ≪証拠省略≫を総合すると被告会社は昭和四一年五月に各種電化製品の販売、修理、冷凍冷蔵、冷暖房機等の販売修理等を目的として資本金三〇万円で設立されたものであるところ、会社財産としては見るべきものがなく、商品の仕入先や金融機関に対する担保としては代表取締役である被告勝又が同人の個人財産を提供してきたものであるが、前記訴外白鳥は昭和四六年一一月一一日仙台市南小泉字大竹に被告会社の宅地を購入し同所に被告会社の事務所および工場を新築しようとしたことから資金繰りが極度に悪化し、右建築資金に充てるため取引銀行である株式会社七十七銀行宮城野支店に融資を申込んだが断わられ、原告に依頼して同年一一月二六日ごろ金一〇〇万円を借受け、原告に対して本件手形を振出したものであること、しかし、被告会社は同年一二月一〇日、同月一五日の二回にわたり不渡手形を出し、右不渡手形を出す直前の同月九日ごろ右訴外白鳥は逃亡してしまったこと、被告会社の財産状態は経理関係事務が杜撰であるため必ずしも明確ではないが、数百万円の売掛未収債権があるものの取引銀行、商品仕入先、高利貸等に約四、〇〇〇万円の債務を負っていたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によれば、本件手形の振出日である昭和四六年一一月二六日当時においてその満期である同年一二月二四日に本件手形が決済される見込みは殆んどなかったのに右訴外白鳥においてあえてこれを振出したものであると認められる。

2  ≪証拠省略≫によれば、前記のように被告勝又は被告会社の代表取締役であるが、被告会社の経営を訴外白鳥に一任し、右訴外人は被告勝又の三女の夫であり同一屋敷内に居住していたので被告会社に関する業務報告を求めるなどして容易に監視監督しえたのに、全くこれを怠った重大な任務懈怠があったことが認められる。

3  前認定のように原告は本件手形の支払を受けることができず、被告会社は不渡手形を出し訴外白鳥が逃亡して事実上倒産し、前記のような被告会社の財産状態からすると原告は右手形金相当の損害を受けたものというべきである。

4  以上の次第で被告勝又は被告会社の代表取締役として他の取締役を監視、監督すべき義務があるのに一切を訴外白鳥に一任して右義務を全く果さなかった重大な過失により訴外白鳥において支払見込みのない本件手形を振出し、原告に右手形金相当の損害を与えたものというべきである。

5  被告は原告の損害の発生については原告にも過失があったから過失相殺さるべきである旨主張するので検討する。

まず被告は原告が本件手形の振出を受け金一〇〇万円を被告会社に貸与するについて代表取締役である被告勝又に会って右金員の使途や経営内容について調査すべきであるのにこれを怠った旨主張し、≪証拠省略≫によれば原告は右被告主張の面接や調査をしなかったことが認められるけれども、前認定のように被告勝又は被告会社の経営を訴外白鳥に一任し、これに関与していなかったので、右被告勝又に会って調査したとしても本件手形の振出を避けえなかったことが窺われ、右被告主張の事実と本件結果との間に因果関係を認め難い。

次に≪証拠省略≫によれば、原告は訴外白鳥が建築資金に窮し取引銀行からの融資も断わられ原告のもとに借金を申込んできたものであることを知りながら、被告会社の経営や財産状態を調査せずに融資し本件手形を受領したものであることが認められるけれども、≪証拠省略≫によれば、原告は本件取引以前にも訴外白鳥の依頼により二回位手形割引をし、これらはいずれも決済されていることが認められ、原告の職業(アイスクリーム販売業)等を合わせ考えると、右認定の事実のみでは原告に過失相殺を相当とする過失があったものとは認め難く、他にこれを認めるにたりる証拠はない(なお本件過失相殺については、商法二六六条の三により有責取締役の連帯責任とされていることおよび前記4の事実関係からして、被告勝又および訴外白鳥の前記行為と原告の行為とを比較して考えるべきである)。従って被告の過失相殺の主張も採用し難い。

三、よって原告の被告らに対する本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱の宣言は付さないのを相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤一男)

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